QUESTCUP2025 〜ECO CHARGE〜

⒈ QUEST CUPとは

クエストカップは、教育と探求社が主催する、日本最大級の中高生向け探究学習の祭典です。

1年間の探究学習の成果を発表し、互いに学び合う場となっています。企業探究や社会課題探究など、さまざまな部門があり、生徒たちは主体的な学びを通して探究力を育んでいきます。

参加できるのは「クエストエデュケーション」を導入している学校の生徒のみ。発表や審査を通して、一人ひとりの成長が促されます。

より詳しい情報や最新の活動については、こちら  をご覧ください。


⒉ チームBPCSについて

私たちがQUEST CUPに取り組んだのは、公民の授業カリキュラムの一環でした。
出席番号順でランダムに編成されたメンバー、そして、インターン先の企業も「じゃんけん」で決めるという、正直言って出鱈目な決め方(笑)。

そんな中で結成された私たちのチームは、5人編成。そのうち3人とは3年間、残りの2人とは2年間同じクラスで過ごしてきた仲でした。そのため、自然とチームワークは高いはず──そう思っていました。(が、後々そんなに甘くない現実が待っていました…。)

ちなみに「BPCS」というチーム名に疑問を持たれた方もいらっしゃるかと思います。

これは Business Planner & Creative Solutions の略です。

与えられたミッションに対して、クリエイティブに解決策(Solutions)を生み出すビジネスプランナー(Business Planner)でありたい、という思いを込めて名付けました。


⒊ 全国大会へーー私たちの軌跡と作品

⑴ BPCS、始動

私たちがQUEST CUPに取り組み始めたのは、年度初めのこと。
週に3回ある公民の授業のうち、1回を探究活動にあて、約1年かけて準備を進めることになりました。

チームBPCSは、出席番号順にランダムで編成された5人グループ。

とはいえ、まったく知らない仲ではありません。そんな顔なじみのメンバーで、私たちは「全国大会出場」という高い目標に向かって動き出したのです。


⑵ テーマ選びと方向性

BPCSに与えられたミッションは、

“つむがれてきたイノチが光る、テクマトリックスの新事業を提案せよ”

けれど、正直なところ、最初は「テクマトリックスってどんな会社?」というレベルでした。
まず私たちは、企業研究から始めることに。公式ホームページを読み込んだり、パンフレットを確認したり、会社のニュースを探して読んだり──。
授業だけでなく、放課後や家でも情報を集め、少しずつ理解を深めていきました。

調べるうちに見えてきたのは、「IT技術を活かして、医療や福祉、社会インフラを支え、人の命や未来に寄り添っている企業」だということ。

この企業の新事業を提案するなら、ただ新しいだけじゃダメだ。人の命や未来に、ちゃんと光を届けるものでなければ──。

そんな思いから、「命を支える新たな可能性を提案しよう」という、テーマの大きな方向性が見えてきたのです。


⑶ 作品概要:私たちが提案したプラン

私たちBPCSが提案した発表テーマは、「Making The Future〜イノチを生む光〜」。

この「イノチ」を、私たちは「地球」そのものと重ねました。
なぜなら、地球こそがこの世で最も長く命をつむいできた存在であり、そして私たちにとって、なくてはならない存在だからです。

しかし、その地球は今、環境問題によって壊れかけています。
なかでも私たちは、耳馴染みのある「地球温暖化」に注目。
調査を進めると、地球温暖化の主な原因は温室効果ガスの排出にあり、特に産業、なかでも発電所からの排出量が大きいことが分かりました。

世界的には原子力発電が中心ですが、日本では東日本大震災以降、火力発電への依存が高まっています。
過去の出来事は変えられない──では、未来はどう変えられるのか。

私たちは考えました。
「ならば、個人が自分の電力をつくってしまえばいい」と。

そこから生まれたのが、発電を日常生活の一部に取り込むアプリ、「ECO CHARGE」です。

このアプリでは、
 ・日常の運動で発電を習慣化
 ・発電量を可視化
 ・蓄電量に応じてポイントを付与し、特典に交換
そんな仕組みを提案しました。

運動すればするほど、地球を守れる。

そんな未来を、私たちは夢見たのです。


⑷ 苦戦したポイントと乗り越えた工夫

チームBPCSが動き出したとき、そこに待っていたのは、決して甘い現実ではありませんでした。

最大の壁は、チームワーク。
全員がそれぞれ部活に所属していて、放課後に集まれる時間はごくわずか。
週に一度の公民の授業(50分)だけで進めるには、あまりにも厳しいプロジェクトでした。

しかも、活動当初は全国大会を目指す意識などほとんどなく、やる気にも個人差があり、自然とやる気のあるメンバーが作業を抱え込むことに。
私自身も、これまでさまざまなプロジェクトに参加してきたからこそ、「せっかくなら本気でいいものを作りたい」という思いがありました。

しかし、思うように気持ちは揃わず──
発表直前には、夜遅くまでスライドを仕上げ、全員分の原稿も一人で書き上げる日々が続きました。

さらに、私たちに与えられたミッションの舞台であるテクマトリックス社についても、初めはほとんど知識がなく、そもそも何を「新事業」とすればいいのか、見当もつかない状態でした。

そんな中、支えてくれたのは、保護者の方々でした。
3年間同じクラスで過ごしてきたメンバーだからこそ、保護者同士、そして私たちとも自然にコミュニケーションが取れていたのです。

特に印象的だったのは、全国大会前日の夜。
メンバーのお母さんたちが私にたくさん連絡をくれて、ついには電話をしながら一緒にスライドのデザインを考えるという、何とも不思議で、温かい時間を過ごしました。(笑)

生徒以上に保護者の方がやる気だった──

そんな不思議なチームワークが、BPCSを全国大会まで押し上げてくれたのかもしれません。


⑸ 予選通過と、全国大会へ

全国大会進出の知らせは、ある日突然、授業後にやってきました。

その日、授業中にうっかり居眠りをしてしまった私は、授業後に先生から呼び出されたとき、「やばい、絶対怒られる…!」と心臓がバクバク。

ところが先生の第一声は、
「チームBPCS、なんと、全国大会に進出しました。」

──耳を疑いました。
寝ぼけてるのか?現実か?
信じられなくて、数秒間固まったのを今でも覚えています。

その後、校内で発表があり、学校からはなんと3チームが全国大会進出、1チームが佳作受賞という、過去最多の快挙を達成。

もちろん、全国大会に進めたのは嬉しかった。
けれど、私の心にはすぐに焦りが広がりました。

「あの完成度で全国の発表者たちと本当に戦えるのか──」

一方、メンバーたちは「全国大会!」という響きに心を奪われ、浮かれ気味な空気に。
発表内容の見直しや改良について本格的に話し合いが始まったのは、発表日のわずか2週間前。

でも、そこからは全員がスイッチを切り替えたかのように、まっすぐQUEST CUPに向かって走り出しました。


⑹ 全国大会当日、そして審査結果

ついに全国大会当日を迎えました。
緊張と期待が入り混じる中、僕たちは全力で取り組んできた最後の2週間を胸に、発表の舞台に立ちました。

会場には、テクマトリックスの幹部の方々、そして全国から勝ち上がった8つのチームが集結していました。
正直、緊張は隠せませんでしたが、発表に比較的慣れていた私は、チーム全員の緊張をほぐすことに意識を向けました。

いよいよ発表がスタート。
会場を見渡すと、先生方3人とメンバーの保護者の方々が、静かに私たちを見守ってくれていました。
その姿にふっと安心し、背中を押された気持ちになりました。

発表後の質疑応答では、私が一人で受け答えを担当しました。
リハーサルでの反省を活かし、これまでで一番いいパフォーマンスができたと思います。
「もしかしたらグランプリに届くかもしれない」——そんな希望も、一瞬、胸をよぎりました。

しかし、結果はファーストステージ敗退。

悔しさが押し寄せましたが、私たちの学校から出場していた別のグループがセカンドステージ進出を果たしたと知り、わずかに希望をつなぎました。

そして、そのグループは見事、全国大会グランプリを獲得。

仲間の努力が実を結んだ瞬間に、心からの拍手を送りました。


⒋ おわりに

全国大会が終わった夜、両親に結果を伝えながら、涙が止まらなくなりました。

悔しさ、感謝、申し訳なさ、勝ち取った仲間への、抑えきれない嫉妬。
心の中がぐちゃぐちゃで、自分でも整理できないまま、ただ声を震わせて泣きました。

こんなにみっともない自分が、少しだけ、恥ずかしくもありました。
でも、あの涙は嘘じゃなかった。

勝つために、夢中になった。
支えてくれた人たちに、応えたかった。
ただそれだけのために、必死だった。

グランプリは取れなかった。
けれど、あの夜感じたすべての想いが、これから先、きっと僕を育ててくれる。

たぶん、あの日抱えた悔しさも、情けなさも、すべてを受け止めたこの経験こそが、僕たちに与えられた「本当のグランプリ」だったんだと思う。

QUESTCUPは、私たちに、ほんの一瞬だけ、青春という春の景色を見せてくれました。

あの日の涙を忘れずに、僕はこれからも、自分にできるすべてを懸けて、歩いていこうと思います。