三菱一号館美術館での教育普及活動「ことばにしてみよう自分の絵」提案
三菱一号館美術館は、東京都千代田区丸の内に2010年に開館された美術館です。三菱一号館美術館は、「都市生活の中心としての美術館」というミッションの基に、設置された美術館ですが、(注1)今回私はこの美術館で「ことばにしてみよう自分の絵」という、千代田区在住の小学生とその保護者向けの教育普及企画を提案したいと思います。
現在でも文部科学省の指導の下、小学校で「図画/図工」という授業が行われていますが、実際に授業では描くことがメインになりがちであるが故に、どんな背景でどういう気持ちで本人が描いたのかという言語化の時間はなかなか時間を割けない実態があると言えます。そのような現状に対し、PISAショックによる読解リテラシーへの注目から、描いた絵、自身の表現を言語化するということに注目が集まっている状態が生まれていると論じているのが、絵画研究家の玉川信一です。(注2)”現代アートや大衆文化では、すでに言語と視覚イメージが相互作用し、その多くが新しい価値を生み続けている。”と主張する玉川氏の論考からは、絵画を言語化していくことが、表現することに対しての不透明感・距離感を排除し、より多くの人が絵画で表現し価値を生んでいくことを触発することを生む可能性を秘めているとも考えることができます。
また、東京の中心地千代田区で毎日忙しく働く保護者の方々は、日常でのコミュニケーションも薄くなりがちであり、子供の感性がどのような考え方から生まれているのかということに触れる機会を失いがちであるとも言えます。そこで、「都市生活の中心としての美術館」をミッションに掲げる三菱一号館美術館が、子供の表現と向きあっていただく今回の企画を行うことで、普段 ビジネスという面でご活躍されている保護者の方が、子どもの絵画表現に触れることで自らの価値観を問い直すきっかけに触れてもらうことを狙います。
企画の具体的な内容としては、対象となる千代田区在住の小学生とその保護者の方々に、学校で描いた絵画を持参しご来館いただきます。最初に、三菱一号館美術館が所蔵している作品の中でも、特に制作された背景が調査研究されているアンディ・トゥールーズ=ロートレックの作品を解説します。版画家でもある一方で、グラフィックデザイナーでもあったロートレックの作品は、社会をより良いものとすることに根ざした”デザイン”として制作されているが故に、どういう背景で作られたのか、といった制作理由も非常に明確でわかりやすく、伝えやすいものであるといえます。この解説で、美術は感性という部分だけではなく、このような理由だから、このように描かれるといった、極めて合理性の高い側面に触れてもらいます。そこから、各自が持参された自分の絵に向き合ってもらい、自分がどのような理由でこのような書き方をしたのか、見つめ直すワークシートを用意し、記入してもらいます。保護者の方には、子どもたちが記入をしている間、美術館の作品を見ていただき、子どもたちと同様にロートレックの作品がどのように制作されたのかを感じ考えていただきます。休憩をとりながら一時間ほど記入の時間をとり、ワークシートが完成したら、子供達は保護者の方に向けて発表を行なっていただきます。保護者の方は、美術館に展示されている作品と、我が子が描いた作品の制作理由に共通する部分を見出し、一般的な日常の会話では感じ取れない、子供達の思考の側面に触れていただきます。
あくまで家族の会話のコミュニケーションをメインに、学芸員が軽いフィードバックを行い、企画は終了となります。
普段忙しくお仕事をされている丸の内の保護者さまに、子供の考えと向き合う時間を作り、コミュニケーションを取ってもらうことで、美術表現の新たな側面、子供達の新たな側面を知り生かしていただくことを可能にすることが、この企画のミッションになるものです。
【参考】(注1)高橋明也監修「まるごと 三菱一号館美術館 近代への扉を開く」株式会社東京美術、2013年、74頁
(注2)玉川信一・石橋和宏著「アートでひらく未来の子どもたちの育ち」明石書店、2014年、309頁